NPO法人霞ヶ浦アカデミーの会報「海夫通信」51号を2026年2月末日に発行しました。

2008年の設立から発行しており、今回で51号となりました。以下にコンテンツの一部を紹介いたします。詳細はリンクのPDFファイルをご覧ください(画像をクリック!

オイカワ丸先生を招いて生物多様性講演会を開催

行方市市制20周年生物多様性講演会『自宅でできるビオトープと生物多様性保全』を12月7日行方市玉造公民館にて開催しました。

講師は福岡県から、X(旧Twitter)のフォロワー5・5万人の生物系インフルエンサー中島淳(オイカワ丸)先生。参加者は県内外から66名の方に来ていただきました。

講演会では冒頭、行方市経済部環境課から「市内のコウノトリの繁殖状況」について報告がありました。その後オイカワ丸先生より、生物多様性について、湿地帯ビオトープについて、ビオトープの作り方についてご講演いただきました。生物多様性を守り、再生を目指していく「ネイチャーポジティブ」についてなど最近の環境政策の流れを分かりやすく解説してくださいました。

ビオトープの作り方については、実戦経験や事例も踏まえつつ「まずやってみることが大切」であると背中を押してもらえる内容でした。

今回の講演をきっかけに、湿地帯ビオトープが増えていってくれると嬉しいですし、我々もこれからビオトープをつくっていきたいので大変勉強になりました。
講師の中島先生、市内のコウノトリについて報告くださった行方市の環境課様、ありがとうございました。またご参加くださった方、お手伝いいただいたたくさんの方に御礼申し上げます。

講師プロフィール

オイカワ丸(中島淳)先生。「湿地帯生物愛好家」。生物系インフルエンサー。「自宅で湿地帯ビオトープ!~生物多様性を守る水辺づくり(大和書房)」著者。X(旧Twitter)においては「オイカワ丸」としてフォロワー数5万人超の生物系インフルエンサーとしても活躍中。

霞ヶ浦北浦 歴史的不漁の謎を解く その5(浜田篤信)

河川事業と環境変化

利根川で実施された大きな河川事業は、赤堀川開削、利根川低水工事、利根川改修工事(利根川高水工事)、利根川増補工事、利根川増補改修工事および霞ヶ浦総合開発事業です。また、関連しる事業として常陸川水門および利根川河口堰建設があげられます。これらの河川事業の霞ヶ浦北浦への影響は、海水と利根川河川水の逆流量によるものです。
前回は塩分をとりあげ赤堀川開削(1654)を起点に、内湾から汽水湖、そして淡水湖あるいはダムへの軌跡を明らかにしました。
海水は利根川の水と混じりながら霞ヶ浦北浦へ逆流するので、塩分上昇と同時に利根川河川水も湖内に逆流、湖に影響を及ぼすはずです。

利根川の湖への影響

海の影響は塩分を指標にその影響を追跡できますが、利根川の影響は、何を指標にできるのか?着目したのは、銅です。

利根川の源流は群馬県利根郡みなかみ町にある三国山脈の一つ、大水上山付近です。流下過程で渡良瀬川を合流します。その上流には足尾銅山があります。江戸幕府直営の鉱山で1877年に民営化され1973年に閉山しますが、1980年まで精錬所が稼働しています。

ですから、鉱山から流出した銅が霞ヶ浦の湖底堆積物中に含まれている可能性があります。最深部(玉造沖)の泥を柱状に採取し銅の含有量を測定、堆積速度を3㍉/年とし泥深を時間に変換しました(図1)。図中、銅の値が高い程、利根川の影響が大きかったことを示しています。

利根川の影響卓越期

利根川の影響が大きかった時代は、4~5回(黒矢印)あります。

1期1730年頃

霞ヶ浦は浅間山噴火で閉塞状態にありましたが、1730年に発生した大洪水で利根川の流路が潮来側から佐原側へ移動したことで利根川河川水が湖内へ流入しやすくなったようです。しかし、その後は閉塞状態が進み、1783年の浅間山の再度の噴火で再び閉塞状態が進んだものと見られます。(続きは本誌をお読みください)

著者プロフィール

浜田篤信。東北大学農学部修士課程修了(海洋学専攻)。農学博士。東北大学助手を経て、茨城県水産試験場内水面試験場に勤務。茨城県内水面水産試験場長として活躍後、 (有)霞ヶ浦生態系研究所を設立。霞ヶ浦アカデミー監事。

霞ヶ浦 歴史散歩❹東西南北 鹿島神宮4つの一之鳥居

霞ヶ浦周航歌を歌ってください(前ラクスマリーナ専務 秋元 昭臣)

コラム 交通事故ボウシ・転倒ボウシ作戦(西谷篤彦・奥井登美子)

第4回野草キッチン〜ナノハナの一番美味しい食べ方~

カヌークラブから

(本誌をお読みください)